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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1992号 判決

原告(反訴被告・被参加人)

弦巻運輸有限会社

ほか一名

被告(反訴原告・被参加人)

佐藤カツイ

当事者参加人

株式会社田中商事

主文

一  被告は、原告弦巻運輸有限会社に対し、三万二九五三円及びこれに対する昭和六〇年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告と原告らとの間において、別紙事故目録記載の交通事故に関し原告らの被告に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

三  原告弦巻運輸株式会社のその余の請求、被告の反訴請求及び参加人の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、本訴について生じた部分のうち、原告弦巻運輸有限会社と被告との間に生じたものはこれを二分しその一を原告弦巻運輸有限会社その余を被告の各負担とし、原告安食民弘と被告との間に生じたものは被告の負担とし、反訴について生じた部分は被告の負担とし、参加について生じた部分は参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  本訴請求関係

1  原告ら

(一) 被告は、原告弦巻運輸有限会社(以下「原告会社」という。)に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 主文第二項と同旨

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  反訴請求関係

1  被告

(一) 原告らは、各自、被告に対し、七〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  原告ら

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

三  当事者参加請求関係

1  参加人

(一) 原告らは、各自、参加人に対し、六五〇万円を支払え。

(二) 被告は、参加人と被告との間において、参加人が別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)による被告の原告ら各自に対する損害賠償債権のうち六五〇万円が参加人に属することを確認する。

(三) 訴訟費用は、原告ら及び被告の負担とする。

2  原告ら

(一) 参加人の原告らに対する請求を棄却する。

(二) 参加費用は参加人の負担とする。

3  被告

参加人の被告に対する請求を認諾する。

第二当事者の主張

一  本訴請求関係

1  請求原因

(一) 事故の発生

昭和五八年八月一〇日午後二時一〇分ころ、神奈川県横浜市瀬谷区北町四二―四番地先路上(以下「本件道路」又は「本件事故現場」という。)において、下川井方面から目黒交差点方面に向けて進行してきた原告安食民弘(以下「原告安食」という。)運転の普通貨物自動車(品川一一あ四五三九、以下「加害車両」という。)が左折に際し、折から本件道路左側端を同方向に進行してきた被告運転の原動機付自転車(西区あ三四五四、以下「被害車両」という。)に接触し、転倒した被告が受傷するという本件事故が発生した。

(二) 原告らの責任

(1) 原告会社の責任

原告会社は、本件事故当時、加害車両を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により被告に生じた損害を賠償する責任を負つた。

(2) 原告安食の責任

原告安食は、加害車両を運転して本件事故現場を左折するに当たり左後方への注意を怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により被告が被つた損害を賠償する責任を負つた。

(三) 被告の傷害と治療経過

(1) 被告は、本件事故により両膝及び左腰部打撲、右足関節部擦過傷、右肘、右手及び頸椎捻挫の傷害を負い、大和外科病院に昭和五八年八月一〇日から同年一〇月一日まで五三日間入院し、右退院後は同病院に同月二日から昭和五九年八月二五日まで三二九日間通院(うち実通院日数は一七九日)した。

(2) 被告の後遺障害は昭和五九年八月二五日、症状固定と診断され、同年一〇月、いつたん自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級表」という。)一四級一〇号該当と認定されたが、その後被告から再審査請求が申し立てられ、再審査の結果一二級と変更された。

したがつて、被告の後遺障害の程度は、重くみても一二級を超えるものではない。

(四) 損害

被告が本件交通事故により被つた損害の総額は、次の(1)ないし(7)の各費目の合計額を上回るものではない。

(1) 治療関係費 三一七万五〇六五円

大和外科病院で入院、通院を通して要した治療関係費の総額

(2) 入院雑費 三万一八〇〇円

入院一日につき六〇〇円とし、入院期間五三日分の合計

(3) 通院交通費 二三万二八六八円

(4) 休業損害 一六一万七〇三六円

被告は、本件事故当時の収入を裏づけるに足りる適正な資料(例えば、事故前年度の適法に提出された確定申告書など)を訴訟資料として提出しないので、被告の右収入の算定は賃金センサス昭和五八年第一巻第一表(産業計、企業規模計、学歴計)に従つてこれを行うのが妥当であり、このことは、次の逸失利益の算定の場合にも当てはまることである。

右に従い、被告の休業損害を算定すると、本件事故当時被告は満四八歳であり、同年齢の女子労働者平均賃金は年収二一九万六四〇〇円で、日額は六〇一八円とみることができるところ、

ア 入院中の休業損害(一〇〇パーセント休業)

6018円×53日=31万8954円

イ 通院中の休業損害(通院期間三二九日中、最初から九〇日間を一〇〇パーセント、次の九〇日間を七〇パーセント、更に次の九〇日間を五〇パーセント、最後の五九日間を三〇パーセントとする各割合の休業損害が生じたものとみるのが相当である。)

(ア) 6018円×90日×1=54万1620円

(イ) 6018円×90日×0.7=37万9134円

(ウ) 6018円×90日×0.5=27万0810円

(エ) 6018円×59日×0.3=10万6518円

(ア)+(イ)+(ウ)+(エ)=129万8082円

ア、イの合計一六一万七〇三六円となる。

(5) 逸失利益 一〇九万〇三五〇円

前記(4)の平均賃金による年収二一九万六四〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率一四パーセント(後遺障害等級一二級)、右喪失期間を症状固定時から四年間とし、ライプニツツ方式(四年のライプニツツ係数三・五四五九)により中間利息を控除して、被告の逸失利益を算定すると、次式のとおり一〇九万〇三五〇円となる。

219万6400円×0.14×3.5459=109万0350円

(6) 入通院慰藉料 一〇〇万円

(7) 後遺症慰藉料 一七〇万円

(8) 以上の損害総額は八八四万七一一九円となる。

(五) 過失相殺

ところで、本件事故の発生については、原告安食の過失だけでなく、被告にも前方注視義務及び安全運転義務を怠つた過失が寄与しているものであり、右被告の過失は二割とみるのが相当であるから、結局被告の損害は七〇七万七六九五円(一円未満切捨)となる。

(六) 原告らの損害賠償債務の消滅及び被告の不当利得

(1) 被告は、原告会社から、右損害の賠償として七九七万〇九三三円の弁済を受け、また、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二〇九万円の支払を受けたので、その受領額は一〇〇六万〇九三三円にものぼり、被告の前記損害はすべて填補されている上、これを二九八万三二三八円上回つているにもかかわらず、被告は、なお原告らに対し、なお本件事故について損害賠償請求権があると主張して争つている。

(2) しかしながら、右(1)のとおり、原告会社は、被告に対し、本件事故による損害賠償として自己の賠償債務を二九八万三二三八円上回る支払をしており、被告の右法律上の原因のない利得により右超過額相当の損失を被つている。

ところで、原告会社は、本件事故により洋装店の経営に支障が生じたとの被告の主張及び本件事故の前年である昭和五七年度の被告の所得税確定申告書に基づいて収入を算定し、右(1)のとおり、賠償金を支払つた。しかし、原告会社のその後の調査により、被告の右主張及び確定申告書の記載内容が事実に反し虚偽のものであることが判明した。被告は、あえて虚偽の収入を主張し、それに沿う資料を捏造して原告会社に損害賠償の支払を迫り、前記のとおり、原告会社に過払を余儀なくさせたものである。

(3) したがって、被告は、右のとおり前記過払分(二九八万三二三八円)につき、原告会社に損害賠償義務がないことを知りながらこれを受領したものであるから、悪意の不当利得者として、民法七〇四条に基づき右利得分を原告会社に返還すべき義務がある。

(七) よつて、原告会社は、被告に対し、不当利得に基づき右利得に係る二九八万三二三八円のうち二〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年三月九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告らは、被告に対し、本件事故に関して何らの損害賠償債務を負担していないことの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)のうち、(1)及び(2)のうち症状固定の診断を受けたことは認める。被告は、なお神経系統の機能に障害を残し、加療中である。

(四) 同(四)のうち、(1)は認め、その余は否認ないし争う。

(五) 同(五)は否認する。本件事故は、専ら原告安食が被害車両を無理に追越した上、左後方の確認を怠つたまま急な左折をしたことから発生したものであり、被告には全く過失はない。

(六) 同(六)のうち損害の填補に関する(1)のうち、自賠責保険から二〇九万円の支払を受けたことは認め、同(1)のその余及び同(2)は否認ないし争う。

(七) 同(七)は争う。

二  反訴請求関係

1  請求原因

(一) 事故の発生

本訴請求原因(一)記載のとおりの本件事故が発生した。

(二) 原告らの責任

原告らは、本件事故により被告に生じた損害につき、本訴請求原因(二)に原告らが各々自認するとおり、原告会社は自賠法三条、原告安食は民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(三) 被告の傷害と治療経過

(1) 本件事故による被告の受傷の内容、入通院等治療の経過は、本訴請求原因(三)(1)の原告ら主張のとおりである。

(2) 被告は、本件事故により神経系統の機能又は精神に障害を残したまま症状固定の診断を受けたが、右後遺障害は後遺障害等級表九級に相当する。

(四) 損害

(1) 治療費 三一七万五〇六五円

被告は前記入通院により三一七万五〇六五円の治療費を支出した。

(2) 入院雑費 七万九五〇〇円

被告は、前記五三日間の入院中、一日一五〇〇円の割合で雑費を支出した。

(3) 交通費 二六万八五〇〇円

被告は、前記通院のため、一往復につき一五〇〇円の交通費を支出した。

(4) 休業損害 八五一万七六三六円

被告は、本件事故当時洋装店を経営し、平均して一日当たり二万二三五六円の収入を得ていたところ本件事故により昭和五八年八月一〇日から昭和五九年八月二五日まで(三八一日間)休業を余儀なくさせられた。よつて、右休業期間中の休業損害は、次の計算式のとおり、八五一万七六三六円となる。

2万2356円×381日=851万7636円

(5) 逸失利益 四六七七万八四二四円

被告は、本件事故当時満四八歳の健康な女性であり、今後満七五歳までの二六年間稼働可能であつたところ、前記後遺障害により三五パーセントの労働能力を喪失したから、本件事故当時の年収八一六万円を基礎に新ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、逸失利益を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、四六七七万八四二四円となる。

8,160,000×35/100×16,379=46,778,424

(6) 慰藉料 七一一万円

本件事故の態様、被告の前記受傷の内容・程度・入通院の経過及び前記後遺障害の内容・程度等諸事情を考慮すると、本件事故により被告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分として一八九万円、後遺障害分として五二二万円の合計七一一万円が相当である。

(7) 損害の填補

被告は、本件事故による損害賠償として、自賠責保険から二〇九万円、原告らから四八四万〇七五五円の支払を受け、また、治療費については原告会社の締結した任意保険から三一七万五〇六五円が直接病院に支払れているので、右合計一〇一〇万五八二〇円の限度で被告の損害は填補された。

したがつて、前記(1)ないし(6)の損害合計額六五九二万九一二五円から右填補額一〇一〇万五八二〇円を控除した五五八二万三三〇五円が被告の被つている現在の損害である。

(五) よつて、被告は、原告ら各自に対し、本件事故により五五八二万三三〇五円の損害賠償請求権を有しているところ、本件訴訟においては、そのうち七〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和六〇年四月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)の(1)及び(2)のうち、被告の後遺障害につき症状固定の診断がされていることは認め、その余は否認ないし争う。被告の後遺障害の程度については、後遺障害等級表一二級の認定がされており、したがつて、その症状は重くても右等級の程度を超えるものではない。

(四) 同(四)の(1)及び(7)の前段は認め、その余は否認ないし争う。本件事故により被告が被つた損害は、原告らが本訴請求関係の請求原因(四)で主張した額を超えるものではない。

(五) 同(五)の主張は争う。

原告らの被告に対する本件事故による損害賠償債務はすべて弁済により消滅しており、被告の反訴請求は全く理由がない。

三  当事者参加請求申立関係

1  請求原因

(一) 参加人は、昭和六〇年二月一八日、被告に対し、五〇〇万円を、弁済期日昭和六〇年三月一七日、利息年一割五分と定めて貸し渡した。

(二) 被告は、原告らに対し、反訴請求原因記載の損害賠償債権を有する。

(三) 被告は、参加人との間で、昭和六〇年二月一八日、参加人の被告に対する右貸金債権を担保するため、被告が原告らに対して有する右損害賠償債権につき質権設定契約を締結し、原告らに対し、右質権の設定を通知した。

(四) 被告は、前記貸金の弁済期が経過したにもかかわらず、返済しない。

(五) 右のとおり、参加人は被告の原告らに対する損害賠償請求権に対し質権を有しているところ、被告は原告らに対し、反訴請求として右損害賠償を請求している。

(六) よつて、参加人は、質権者として、原告ら各自に対し、直接本件事故による被告の原告らに対する損害賠償債権のうち六五〇万円の支払を求めるとともに、被告に対し、右損害賠償債権の取立権が参加人にあることの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 原告ら

請求原因(五)は認め、その余は否認ないし争う。

(二) 被告

全部認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  本訴請求関係

1  請求原因(一)(事故の発生)及び同(二)(原告らの責任)は原告らと被告間において争いがなく、参加人においても明らかに争わないから、原告らは、本件事故により被告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

2  そこで、被告の傷害の内容・程度と治療の経過について判断するに、いずれの当事者間においても成立に争いのない甲第三、(乙第三号証の一の一と同一)、第四(乙第三号証の五の一と同一)、第六(乙第三号証の六の一と同一)、第八号証(乙第四号証の一と同一)、第一四号証の五、乙第三号証の二ないし四の各一、第四号証の二、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故により両膝及び左腰部打撲、右足関節部擦過傷、右肘、右手及び頸椎捻挫の傷害を負い、大和外科病院に昭和五八年八月一〇日から同年一〇月一日まで(五三日間)入院し、同病院に同月二日から昭和五九年八月二五日まで(実日数一七九日)通院したこと、同日症状が固定し、頭痛、右膝疼痛及び右上肢の筋力低下等神経系統の機能等にある程度の障害を残し、後遺障害等級表一二級該当の認定を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  次いで、被告の損害について判断する。

(一)  治療費 三一七万五〇六五円

いずれの当事者間においても成立に争いのない甲第五、第七号証、乙第三号証の一ないし四の各二及び弁論の全趣旨によれば、被告は、前記入通院のための治療費として三一七万五〇六五円を支出したものと認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  入院雑費 四万二四〇〇円

弁論の全趣旨によれば、被告は、五三日間の入院中、入院生活に伴う相当額の諸雑費の支出を余儀なくされたことが推認されるところ、右につき本件事故と相当因果関係を有する諸雑費は、一日当たり八〇〇円とし、合計四万二四〇〇円と認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  交通費 二六万八五〇〇円

弁論の全趣旨とこれにより真正に成立したものと認められる乙第一〇号証によれば、被告は、前記通院のため、交通費として、一往復につき一五〇〇円を要したものと認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(四)  休業損害 二二八万三八〇七円

被告は、本件事故当時、服飾関係の店を経営していた旨主張し、被告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分があるが、被告の供述に弁論の全趣旨を合わせて精査検討しても、本件事故当時の右経営の規模、態様等その実態は判然とせず、本件事故当時の被告の正確な収入額を認定することはできないといわざるを得ない。

もつとも、甲第九号証の一及び二(昭和五七年度の確定申告書)によると、被告は、横浜中税務署に対し、本件事故の前年である昭和五七年度における被告の所得金額を八一六万円として申告していることが認められるが、右確定申告書は、法定の申告期限(昭和五八年三月一五日)を大幅に徒過し、しかも本件事故の約二か月後である同年一〇月二一日付で提出されていること、被告本人尋問の結果によつても右申告の時期、遅滞の理由、申告の内容等につき合理的な説明は得られず、他に右申告内容の正確性を裏づけるに足りる証拠はないばかりか、更に、いずれの当事者においても成立に争いのない甲第一〇号証の一、二及び第一一号証によつて認められる昭和五五年分の収入金額、必要経費と比較し、その主張する営業内容に格別の変化も認められないのに昭和五七年度の収入が極端に多額のものとして申告されていることを合わせ考察すると、右確定申告の内容は、到底被告の営業上の収入額を正確に記載したものとは認められず、たやすく採用することができない。

なお、被告の提出する乙第一一号証の昭和五七年分の売上帳は、被告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる乙第一四号証と比較対照すると、記帳事項、その体裁、様式において連続性、統一性に欠け、その客観性、正確性に多大の疑問があり、前記五七年度確定申告の正確性を裏付けるに足りるものとも認め難く、にわかに採用することはできない。

したがつて、本件事故当時の被告の収入については、昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金に従うのを相当とするので、これにより被告の休業損害を算定するに、前記認定の被告の傷害の程度、治療の経過に照らしてみると、被告は、本件事故当日から症状固定日である昭和五九年八月二五日までの間、右平均賃金に相当する金額の休業損害を被つたものと認めるのが相当であるから、これを合計すると、次の計算式のとおり、二二八万三八〇七円(一円未満切捨)となる。

2,187,900×381/365=2,283,807

(五) 逸失利益 二三六万五二〇三円

前掲甲第八号証によれば、被告は、症状固定時満四九歳であることが認められるところ、前記認定の後遺障害によつて被告は右症状固定日から向後一〇年間労働能力を一四パーセント程度喪失したものと認めるのが相当であるから、前記休業損害認定の場合と同様に昭和五九年度賃金センサスによる収入額を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、被告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は二三六万五二〇三円(一円未満切捨)となる。

2,187,900×0.14×7.7217=2,365,203

(六) 慰藉料 四四〇万円

前記認定の被告の受傷の部位、程度、入通院の経過、後遺障害の内容・程度その他諸般の事情を総合して判断すると、被告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害に対するものとして一四〇万円、後遺傷害に対するものとして三〇〇万円とするのが相当である。

(七) 過失相殺

(1)  いずれの当事者間においても成立に争いのない甲第一号証(乙第一号証と同一)、第二号証(乙第二号証と同一)、第一四号証の一ないし四及び六、被告本人尋問の結果を総合すると、原告安食は、昭和五八年八月一〇日午後二時一〇分ころ、積荷の薬品を日光神奈川薬品株式会社に配達するため加害車両を運転して、渋滞気味の本件道路を下井川方面から目黒交差点方面に向けて時速約二〇キロメートルの速度で走行していたが、同会社が初めて配達先であるため、走行しながらその所在場所を捜していたところ、同交差点近くに至つて進行方向左側に同会社の看板を発見したこと、そこで、原告安食は、同会社入口手前約九メートルの地点で左折の方向指示器を点滅させて左折にかかつたが、従来の走行態勢からでは左折が困難であると思つたため、右方センターライン寄りにふくれ、しかも左後方を確認しないまま、時速一〇キロメートルの速度で左折したところ、折から本件道路左側端を後方から進行してきた被害車両の後部付近に加害車両の前部左角付近を接触させ、被告を被害車両もろともに道路に転倒させたこと、他方、被告は、そのころ、被害車両を運転して、本件道路の左端を時速約二五キロメートルの速度で、右側の走行車両を追い抜きながら加害車両と同方向に走行していたところ、自車の右前方に加害車両が左折の方向指示器を点滅させているのを認めたため、いつたん停止したこと、しかし、被告は、加害車両が前記日光神奈川薬品株式会社の二箇所ある入口のうち前示の目黒交差点寄りの入口から入るものと速断し、再び発進、加速して加害車両を左側から追い抜きにかかつたところ、加害車両が予測に反して手前の下井川方面寄りの入口へ左折してきたため、衝突を避けるため同入口の方へ自車を進めたが間に合わず、前記のとおり接触したこと、本件道路は、片側一車線、幅員七・五メートル(片側三・二五メートル)で、見通しの良い、平たんなアスフアルト舗装された市路であつて、最高速度四〇キロメートル毎時、追越しのための右側部分はみ出し禁止及び駐車禁止の各規制がなされ、市街地で交通頻繁な道路であり、また、本件事故現場は、下井川方面から目黒交差点方面に向かつて左側に日光神奈川薬品株式会社の八メートルの入口があり、右側には清水建設相模機械センターがあるが、同センターへの車両の進入すべき道路等はないことがいずれも認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(2)  右認定の事実によれば、被告は、加害車両が自車右前方に位置していた段階で左折の方向指示器を点滅させたのを確認したのであるから、その動静に注視すべきであつたにもかかわらず、いつたん停止しながら、前記認定のとおり、漫然と加害車両の左折前にその左側を追い抜けるものと速断し、再び時速二〇キロメートルに加速してその左側を追い抜こうとしたものというべきであるから、本件事故の発生につき被告にも過失があるというべく、この過失を斟酌して、原告らが賠償すべき損害の額を二割減額するのが相当である。

(八) 損害総額 一〇〇二万七九八〇円

以上のとおりであるから、被告の本件事故による損害の総額は、計算上一〇〇二万七九八〇円であるということになる。

4  進んで、原告らの被告に対する損害賠償債務が弁済により消滅したかどうかについて判断する。

(一)  前記認定のとおり、被告が本件事故によつて被つた損害の全額は一〇〇二万七九八〇円というべきところ、いずれの当事者間においても成立に争いのない甲第一二、第一三号証の各一、二に被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、自賠責保険から二〇九万円、原告会社又は原告会社と任意保険契約を締結している東京自動車共済から四七九万五八六八円の支払いを受けたこと、原告会社と任意保険契約を締結している東京自動車共済から大和外科病院に直接、被告の治療費とし三一七万五〇六五円が支払われたことが推認され、右推認を覆えすに足る証拠はない。

(二)  右事実によれば、被告は、前記損害合計額一〇〇二万七九八〇円につき、右一〇〇六万〇九三三円を損害の填補として受けたことになり、その損害はすべて填補されたというべきであるから、本件事故に関する原告らの被告に対する損害賠償債務はすべて消滅したものと認めるのが相当である。

5  更に、被告が過払により不当に利得したかどうかについて判断する。

(一)  前認定判断のとおり、被告の本件事故による損害を填補するための支払は、三万二九五三円の過払になつていて、右過払は法律上の原因を欠く支払というべく、しかも、弁論の全趣旨によれば、右填補の実質的な支出負担者とみるべき原告会社の損失において、被告が不当に利得しているものと認められる。

(二)  そして、前記被告の収入に関する認定事実に照らすと、被告は、自己の収入を大幅に上回る額の休業損害、逸失利益の填補であることを認識しながら、これらを受領したものと推認するのが相当であつて、右不当な利得分についても法律上の原因がないことを知りながらこれを受益したものと推認でき、右推認を左右するに足りる証拠はないから、悪意の受益者として、民法七〇四条に基づき、右不当利得相当額に利息を付して原告会社に返還すべき義務があるというべきである(ただし、原告会社は右利息の返還は求めていない。)。

6  したがつて、原告らの被告に対する本訴請求は、本件事故による損害賠償債務の不存在の確認を求める部分はすべて理由があり、また、原告会社の被告に対する不当利得の返還を求める部分は、三万二九五三円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年三月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余の部分は、理由がないものといわざるを得ない。

二  反訴請求関係

本訴請求関係において認定判断したとおり、本件事故により、被告が原告らに対して取得した総額一〇〇二万七九八〇円の損害賠償請求権はすべて弁済によつて消滅しているというべきであるから、なお、これが存在することを前提に、原告らに対し本件事故による損害賠償を求める被告の反訴請求は、その余について判断するまでもなく理由がないものといわざるを得ない。

三  参加請求関係

本訴請求において認定判断したとおり、被告の原告らに対する損害賠償債権は、すべて弁済により消滅しているから、これが存在を前提とする参加人の原告らに対する請求は、その余について判断するまでもなく理由がないことが明らかであり、また、参加人の被告に対する請求については、被告においてこれを認諾しているが、右は、原告らと被告及び参加人の三当事者間で対立、牽制し合う法律上の紛争を一挙に矛盾なく統一的に解決すべき本件独立当事者参加訴訟においては、被告の認諾は、原告ら及び被告の二当事者間の紛争についての前記認定判断と矛盾し、三当事者間の統一的解決を不可能にするものであつて、法的効力を生じない訴訟行為と解すべきであるから、参加人の被告に対する請求も、また理由がないというべきである。

四  結論

よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、本件事故による損害賠償債務の不存在の確認を求める部分はこれを認容し、原告会社の被告に対する不当利得の返還を求める部分は、三万二九五三円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和六〇年三月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容するが、その余の部分はこれを棄却することとし、また、被告の反訴請求及び参加人の請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九四条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 藤村啓 比佐和枝)

事故目録

一 日時 昭和五八年八月一〇日午後二時一〇分ころ。

二 場所 神奈川県横浜市瀬谷区北町四二―四番地先路上

三 加害車両 普通貨物自動車(品川一一あ四五三九)。

四 被害車両 原動機付自転車(西区あ三四五四)。

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